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サイエンスあれこれ

万年駆け出し、自称サイエンスライターの神無・久(かんな・きゅう)改め「サレコレ」が今の科学を伝えます・・・よう努力します・・・

2009年01月

31 1月

ICORP器官再生プロジェクト・CREST iPS細胞研究領域合同シンポジウム〜レポート第2回

ICORP器官再生プロジェクトの日本側研究総括を務められたのが、東京大学の浅島誠博士です。浅島博士は、器官再生の文字通り、心臓や肝臓などの臓器を、いかにその形どおりに再生できるかというテーマで、このプロジェクトに取り組まれました。博士は、もともとカエルやイモリなどの両生類の発生研究を長年されており、これらの動物のもつ特殊な能力に早くから着目されていたのです。その特殊な能力とは、これらの動物がもつ、高い再生能力です。特に、イモリなんかは、手足を切り取られてもちゃんと元通りにはえてくるんですよ。驚きですよね。

 

カエル初期発生胚の特定部分(アニマルキャップと呼ぶ)は、前回説明したES細胞やiPS細胞のような多能性幹細胞の特徴をもっているのだそうです。すなわち、身体のすべての細胞に分化(変化)できる能力をもっているということです。さらに面白いのは、これが高い再生能力と関係があるのかどうかはわかりませんが、その分化した細胞をさらに組織や器官にまで変化させることができるというのです。方法も、非常に簡単で、アニマルキャップに試験管の中で、アクチビンというタンパク質やレチノイン酸という化学物質を添加するだけいいのだそうです。これは、それまで、ES細胞やiPS細胞にはできない芸当でした。心臓なら心臓の形でちゃんと拍動し、目なら本来の目を取り除いたところに、その培養で作り出した目を移植すればちゃんと視神経がつながります。現在では、この技術をマウスにも応用し、ES細胞から同様の方法で、すい臓様の構造をつくることにも成功したそうです。ただ、この場合はまだカエルのように、ちゃんとした臓器の形にはなっていないようですが。やはり両生類と哺乳類の間にはまだ乗り越えなければならない大きなハードルがあるようです。

 

カエルのアニマルキャップは、初期発生胚の一部であり、ES細胞やiPS細胞のように、それを長期間、多能性分化能を維持したまま培養することはできません。つまり、アニマルキャップは、ただの細胞というよりは、初期発生を進行中の胚組織に近い状態だといえるでしょう。ですので、その発生中の勢いを保持している分だけ、一気に臓器の形にまで分化できてしまうのだと考えることもできます。実は、ES細胞もアニマルキャップと同じ、発生中の胚組織からとってきた細胞なのですが、ある特殊な処理をすることで、それ以上発生が進行するのを抑え、多能性分化能を維持したまま、細胞として長期間ふやすことができているのです。ですので、その特殊な処理を止めると、再び、発生過程を再開します。これだと、アニマルキャップと同じように、発生中の勢いを取り戻して、一気に臓器の形まで分化してもいいように思うのですが、そうはいかないようです。この違いが、両生類にはあって、哺乳類にはない、高い再生能力と関係があるのか?それともアニマルキャップがもっていて、ES細胞が失ってしまった、その発生中の勢いのようなものが関係しているのか?今後もこの分野の発展からは、目が離せません。

 

ちなみに皆さんは、テレビや新聞で、ヒトの耳のようなものを背中にくっつけたマウスを見たことがあるかもしれません。ヒトの耳が、マウスの背中で器官再生したかのようなあの映像は、実は、耳の形をした模型の表面を細胞が覆っているだけなのです。器官の骨組みだけは、人工素材で作って、その上に機能をもった細胞を増やすというのも、立派な再生医療技術なのですが、ちょっと誤解を生む映像でした。でも、将来的には、マウスの背中で一からヒトの耳を作ることもできるようになるかもしれませんね。(つづく)

 

28 1月

ICORP器官再生プロジェクト・CREST iPS細胞研究領域合同シンポジウム〜レポート第1回

先週の土曜日(1月24日)、東京大学・安田講堂にて、国際共同研究(ICORP)器官再生プロジェクトと戦略的創造研究推進事業(CREST)iPS細胞研究領域の合同シンポジウムが開催されました。両者は、ともに文部科学省管轄の独立行政法人科学技術振興機構(JST)が主催する研究プロジェクトですが、前者は、すでに5年間の研究期間を終了した成果報告であったのに対し、後者は、2008年度から新たに発足したプロジェクトとして、採択された10件の研究課題の内5件について、その研究課題の内容を発表しました。これら2つの研究プロジェクトは、簡単に言えば、iPS細胞(人工多能性幹細胞)の誕生以前と以後の研究と考えるとわかりやすいでしょう。しかしながら、どちらも幹細胞、発生、再生医療といった分野が研究の主体であることには変わりなく、このことから今回のような合同シンポジウムという形での一般公開となったようです。

 

一般公開なので、研究者以外の方々も無料で参加でき、なおかつ海外との共同研究の発表もあることから、同時通訳が聞けるヘッドホンセットも無料で貸し出してくれるという至れり尽くせりのシンポジウムでした。しかし、一般公開と銘打っている割には、発表内容は高度に専門的で、一般向けという配慮は一切ありませんでした。だったら、最初から一般の方々もどうぞなんて言わなきゃいいのにと思うのですが・・・。国民の血税によって行われた研究の成果報告が、このように形だけの一般公開をされている現実は、もう少し考え直す必要があるのではと思う反面、こういう時こそ、科学コミュニケーションの出番ではないかと思い、今回この場を借りて、このシンポジウムの報告をしたいと思った次第です。

 

まずは、iPS細胞誕生以前に立ち上った研究プロジェクトである、器官再生プロジェクトの成果報告からレポートします。とはいっても、京都大学の山中伸弥博士らによるiPS細胞の世界初の報告があったのが2006年でしたので、このプロジェクトの成果報告でもiPS細胞に関するものが結構ありました。ではここで簡単にiPS細胞誕生前後で何がどう変ったのかを説明します。まずiPS細胞(人工多能性幹細胞)とは、その名の通り、人工的に作り出した多能性幹細胞のことです。多能性幹細胞とは、我々の身体を作っているあらゆる細胞に分化(変化)することができる細胞です。このような特徴をもった細胞は、今後ますます発展していくであろう再生医療には、絶対に欠かせない存在なのです。これを人工的に作り出すことができるまでは、ES細胞(胚性幹細胞)が多能性幹細胞として用いられていました。しかしながら、ES細胞を手に入れるためには、受精卵を必要とするため、倫理的見地からヒトにおけるES細胞の使用はきびしく制限されていました。そこに登場したのがiPS細胞だったのです。iPS細胞は、受精卵を使うことなく、身体にある普通の細胞から作ることができるため、倫理的な問題をクリアできたばかりではなく、どんな人からもその人の細胞を使ったオーダーメイドのiPS細胞を作ることができるので、その細胞を使って再生医療を行った場合、ES細胞では問題になった免疫拒絶反応を回避することができるという利点もあるのです。iPS細胞が夢の技術といわれる所以は、まさにこういう点にあったのです。

 

器官再生プロジェクトは、国際共同研究といって、JSTが海外の研究機関と研究提携し、資金はそれぞれの国持ちで、5年間、4〜8億円(日本側)の規模で行われるものです。器官再生プロジェクトの場合、提携先は米国ハーバード大学で、両国それぞれの研究総括代表者の下、通常両国合わせて10〜20名の研究員が参加します。もちろんこの研究員というのは、独立して自分の研究室をもっているというレベルの方々なので、実際に手を動かすことになる研究員の数を含めると、もっと多いことになります。今回の成果報告会では、まず最初に両国の研究総括代表者それぞれが基調講演を行いました。日本側の代表者は、東京大学の浅島誠博士、米国側の代表者は、ハーバード大学のダグラス・メルトン博士です。器官再生は、大きく分けて2つの部分からなっていると考えられます。心臓なら心臓の、肝臓なら肝臓の細胞を作るという部分と、それらの細胞から心臓や肝臓の形をした臓器(器官)を作るという部分です。お二人の発表は、まさにこの2つの部分の最新成果を、それぞれ分担されて話されたということができます。

 

メルトン博士は、すい臓において、インスリンを分泌する細胞であるβ細胞をつくるための試みについて話されました。これは、β細胞が破壊されることによって引き起こされるI型糖尿病の治療につながる技術です。β細胞をつくる方法は3通りあるそうです。1つは、糖尿病の患者さんのすい臓にも、破壊から逃れ、わずかばかり残されているβ細胞があり、それを人為的に増やすという方法です。2つめは、ES細胞やiPS細胞からβ細胞を分化誘導してくるという方法です。こちらは、再生医療の王道ともいうべき方法です。これは、もともと身体のあらゆる細胞に分化(変化)する能力のある多能性幹細胞(ES細胞やiPS細胞)を、いろいろな条件下で培養して、β細胞になるように仕向けるという方法です。多能性幹細胞は、あらゆる細胞に分化する能力があることはわかっていても、どのようにしたら、目的の細胞に分化させることができるのかは、ほとんどわかっていないのが現状なのです。通常は、増殖因子と呼ばれるタンパク質を添加したり、いろいろな他の細胞と一緒に培養したりして、ベストな方法を見つけていくのですが、メルトン博士が行ったのは、低分子化合物ライブラリーのスクリーニングという方法です。これは、膨大な種類の低分子化合物を別々に多能性幹細胞に添加して、どの化合物が目的とする細胞に分化させるのに適当なのかを探し出すという方法です。もちろん闇雲にいろいろな化合物を試すというわけではなく、すでに何らかの働き、例えば特定の酵素を働かなくなるようにできることが分かっている化合物なんかを試すことが多いのです。それでも、一見大変そうなこの作業、現在では半自動化された実験ロボットを使うことが多いので、以前と比べて研究者は少し楽ができます。3つめの方法は、すでに別の細胞に分化してしまった細胞を、iPS細胞のような幹細胞に戻すことなく、直接目的の細胞に変化させてしまおうという試みで、恐らくこれまでにはない、新しい再生医療のアプローチでしょう。もちろん現象的には、分化転換という名前で古くから知られていたのですが、いくつかの限られた器官においてだけ確認された現象で、ましてやβ細胞が分化転換によって生じることはないとされてきました。メルトン博士は、多能性をもたない分化した細胞に、いくつかの遺伝子を導入することによって、その細胞をβ細胞に直接分化させることに成功したことを報告しました。以上の3つの方法を駆使すれば、β細胞の再生は可能であり、それによってI型糖尿病の治療も可能になるというのが結論です。余談になりますが、メルトン博士は、もともとは次にご紹介する浅島博士と同じ、カエルの研究者だったのです。それもカエルの初期発生という同じテーマに取り組み、ともにその分野でも大きな業績を残されました。そんなメルトン博士ですが、息子さんがすい臓の病気を患ったのをきっかけに、現在の研究へ方向転換をされたと聞いています。(つづく)

 

24 1月

クローン牛は食べても大丈夫?

さる1月19日、内閣府食品安全委員会の専門家作業部会は、クローン牛と通常牛の実質同等性を発表しました。これで、クローン牛の食用化に向けてまた一歩前進したようです。クローン牛というのは、牛の体細胞の核と呼ばれる部分(遺伝情報が格納されている)を、あらかじめ核を除いた卵細胞に移植して発生させた牛のことです。最高級の肉質をもつ牛の体細胞核を、並の肉質の牛の卵細胞に移植すると、最高級の肉質をもつ牛がクローン牛として誕生するというのですから、これは大変便利な技術と言えるでしょう。でも本当にそんなにうまくいくのでしょうか?

 

クローン動物というと1996年に世間を驚かせたクローン羊のドリーを覚えている方は多いと思いますが、実際には核移植によって初めて作られた動物は、クローンカエルで、1952年のことなんです。でもこのときは体細胞の核ではなく、受精卵から発生している途中の胚細胞の核だったんですけどね。その後、1962年には、別種のカエルで、成体の小腸の細胞の核を卵細胞に移植することで、最初の体細胞クローンカエルが誕生したのです。

 

こんなに昔にカエルでは成功していたのに、なぜ哺乳類で成功するまでに30年もの年月がかかったのでしょうか?それは、もちろん哺乳類の卵細胞の大きさが、カエルに比べて極端に小さいので、核移植が難しいというのもあるのですが、実際はインプリンティングという哺乳類に特有の現象が、クローン動物作製を難しくしていた原因だったのです。

 

インプリンティングとは、父親由来の染色体と母親由来の染色体で、遺伝子の活性化の度合いに違いがあることを言います。普通に受精した卵の核と、体細胞から移植された核では、核内にある染色体のインプリンティングの状態に違いがあるため、胎児が正常に育たないのです。このインプリンティングの状態を、正確に再現することは、現代の科学技術をもってしても不可能なので、クローン動物が正常に生まれてくる確率は、非常に低くなります。さらに、たとえ生まれたとしても、本当の意味でクローン(うりふたつ)と言えるのかどうかも怪しいのです。

 

このことをもう少し分かり易く言うと、クローン動物では、核の移植により、核の提供元の個体と全く同じ遺伝情報を受け継ぐことはできるのですが、その遺伝情報の読み出し易さが違っているということなのです。例えば、全く同じ本が2つあっても、一方の本では、所々ページとページが張り付いていて、うまく読めないのと似ています。これでは、うりふたつとはいかないですよね。その証拠に、2001年に成功したクローン猫の毛色は、体細胞核を提供した親猫とは、似ても似つかぬものでした。それは、猫の毛色が、インプリンティングによって制御されているからなのです。

 

そこで話をクローン牛に戻すと、肉質の良い牛のクローン牛も本当に肉質が良いのか?という疑問が当然ながら出てくるわけです。ましてや、核提供元が「幻のプレミアム牛」のクローン牛と言っても、その提供元のプレミアム牛を食べたことがなければ、そもそも肉質が同じかどうかすら、消費者にはわからないでしょう。産地偽装うなぎの二の舞にならなければいいのですが・・・。

 

では、クローン牛の安全性のほうはどうでしょうか?インプリンティングの状態をあらかじめ制御できない以上、クローン牛と核提供元の親牛とでは、もっている遺伝子セットは同じでも、その活性化状態はかなり異なっていることが予想されます。これは、数個の遺伝子セットが異なっているだけの遺伝子組み換え動物より大きいかもしれません。食品安全委員会の作業部会がどのような科学的データを元に、実質的同等性を結論付けたのかはわかりませんが、この点は大いに議論されるべき点でしょう。特に、クローン動物の細胞年齢は、その動物の実年齢よりも歳をとっている場合があるという報告があります。それは、クローン動物の細胞年齢が、核提供元の体細胞の種類に依存する場合があるからです。つまり、クローン動物は、たとえ生まれたばかりでも、細胞レベルでは、すでに老人ということもあり得るのです。

 

どこかで聞いたのですが、「日本人は天然の魚にこだわるが、天然の(野生の)野菜じゃなきゃだめだという人はいないでしょう。」と。これは、まだ日本人が魚に関しては、狩猟民族の感覚を持ち続けているからなのかもしれません。それでも、あと数十年もすると、魚といえば養殖が当然の時代が来るのかもしれません。人類の食糧調達の歴史は、狩猟・採取の時代から、家畜・栽培の時代を経て、次に来るのは、科学で制御された食糧生産の時代なのでしょうか?そう考えると、遺伝子組み換え食品やクローン動物を食べるなんてことは、まだまだ序の口かもしれません。さらにその先には、試験管の中で培養された細胞から成型した培養肉を食べる時代が来るのかも・・・。

 

狩猟・採取の時代から、家畜・栽培の時代への転換は、確実に人類に進歩をもたらしました。「植物栽培と家畜飼育の開始は、より多くの食料が手に入るようになることを意味した。そしてそれは、人口が稠密化することを意味した。植物栽培と家畜飼育の結果として生まれる余剰食料の存在、また地域によってはそれを運べる動物の存在が、定住的で、集権的であり、社会的に階層化された複雑な経済的構造を有する技術革新的な社会の誕生の前提条件だったのである。」銃・病原菌・鉄(シャレド・ダイアモンド著)より引用〜。では、その次への転換は、果たして何を人類にもたらすのでしょうか。その方向性を見誤れば、遺伝子組み換え食品もクローン動物も、ただの過去の技術遺産となってしまうことでしょう。

 

21 1月

それでもあなたは宇宙飛行士になりたいですか?

皆さんは、宇宙飛行士になりたいと思ったことはありますか?多分多くの理系少年がそうであったように、私もかつては宇宙飛行士にあこがれました。これは、同様に若い頃オートバイにあこがれていたのに似ているかもしれません。若い頃は、あの開放感、爽快感、スピード感などにあこがれて、絶対買うぞとお金を貯めていた時期もありましたが、歳をとるにつれて、オートバイと比べたときの、車の安全性、利便性を考えるようになり、ついぞバイクを買うことはありませんでした。もちろんお金が貯まらなかったというのもありますが。

 

私は、恐らく閉所恐怖症です。それを初めて自覚できたのは、スキューバダイビングの免許を取ろうとしていた時でした。初めて機材をつけて、7m位の深さのプールに潜った時のことでした。プールは、広く、明るく、何人か他の人たちも一緒に潜りました。それは、とても閉所と呼べる場所ではなかったのにも関わらず、潜るにつれて感じる水圧による圧迫感や呼吸のしづらさ、自分の呼気の音しか聞こえない静寂、あらゆる点でいつもと違う感覚などが突如私を襲ったのでした。私はすぐに上がりたい旨をインストラクターに伝え、事なきを得ましたが、もう少し長くいたら確実にパニック状態になっていたことでしょう。私は、その時初めてわかりました。閉所恐怖症というのは狭いから起こるのではなくて、そこから逃げ出したくでも逃げ出せない恐怖感から起こるのだということを。

 

この恐怖感を知った私は、それ以来宇宙飛行士になりたいとは思わなくなりました。いやなれないと思うようになったのです。スキューバダイビングの機材の数倍はありそうな、あの大きな宇宙服を着るだけでも私には無理だと。そしてそれを着て、水の中での訓練とか、ましてや宇宙空間での作業など真っ平ごめんだと。ただ、宇宙に行ってみたい気持ちは今でもあります。でもそれは、みんながもっと楽に宇宙に行けるようになったときの楽しみにとっておきます。何だか前振りが長くなってしまいましたが、今日の本題は、宇宙での生活はまだまだ大変だということをあるニュースが伝えているというものです。

 

それによると、宇宙船の限られたスペースでは、十分な食料を保存するには限界があるということで、船内で食料を作り出す必要性から、そこでの飼育にもっとも適した食用動物は何かを調べたところ、何とそれはカイコだったというのです。鶏よりもえさやスペースを必要とせず、魚よりも飼いやすい動物がカイコだったそうです。さらにカイコは、その身体のほとんどがタンパク質で、豚肉の2倍、卵や牛乳の4倍もの必須アミノ酸を提供してくれるのだそうです。つまり栄養価が高いと。驚くことに、その繭すらも化学処理して食用にできるのだそうです。繭ジャム。食べてみたいですか?この研究では、こんな概算もしています。宇宙飛行士が一日に必要なタンパク質を、植物と動物から3:1の割合で取ったとき、その動物性タンパク質をすべてカイコから取ろうとすると、なんと一日に170匹のカイコやその繭を食べなければならないというのです。

 

それでもあなたは宇宙飛行士になりたいですか?

 

18 1月

ポリエステルタンパク質

記憶が定かではないのですが、昔こういうSF小説を読んだことがあります。未来の地球では、人間は自分たちにそっくりのヒューマノイドを作り出します。今だと、それってクローン人間のこと?と思う方もいらっしゃるかと思いますが、その小説の中では、倫理的、人道的理由からクローン人間の作製および使用は、遠い昔に中止になったことになっています。では、どうしたかというと、一から人間にそっくりな生物を作ってしまったのです。それも似てはいるけれどまったく違った部品を使って。そうすれば、見かけは人間そっくりでも、人間とはまったく別の生き物ということにできるでしょ。これで、倫理的な問題はクリアできたという訳です。では、その似てはいるけれどまったく違った部品とは何だと思いますか?それが、今回ご紹介するポリエステルタンパク質だったのです。

 

本題に入る前に、なんでそんなに面倒くさいことせずに、ロボットではいけなかったのか?と疑問に思った方のために補足しますと、このヒューマノイドは、身体を構成する部品自体は、我々のものとは異なっていますが、その部品の働きはまったく同じになるように作ってあるという設定なので、ちゃんと食べ物(人間と同じものではないので、取り合いになることはありません)を食べ、眠り、子供も作れます。もちろん部品が異なるので、人間との間には子供はできません。これらのことが、ロボットとの最大の違いでもあり、この生き物を作った最大の理由でもあったのです。

 

本題に戻りますと、我々人間も含め、地球上のあらゆる生命の身体は、タンパク質からできています。タンパク質はアミノ酸がつながったものです。アミノ酸はつながるために、2つの手をもっていると思ってください。右手と左手。右手は、カルボキシル基、左手は、アミノ基と呼ばれています。隣同士のアミノ酸は、それぞれの右手と左手をつないで、つながります。このときできる、アミノ基とカルボキシル基からできる結合をペプチド結合と言います。一方、ポリエステルタンパク質とは、アミノ酸の左手のアミノ基がヒドロキシ基に代わっただけのヒドロキシ酸がつながったものです。このヒドロキシ基とカルボキシル基からできる結合をエステル結合と言います。ですので、通常のタンパク質がポリペプチドタンパク質であるのに対し、それとこのポリエステルタンパク質の違いは、この結合の仕方が異なっているだけということになります。

 

ポリエステルタンパク質のアイデアは、SF小説のネタになるくらいなので、かなり古く1970年代には、最初の報告があるようです。通常のタンパク質は、細胞内のリボゾームと呼ばれる場所で作られます。ここで、アミノ酸が次々とつながれていく訳ですが、面白いことに、リボゾームは、アミノ酸ばかりではなく、先ほどのヒドロキシ酸もちゃんとつないでくれちゃうんです。ですから、通常のタンパク質の合成に必要な20種類のアミノ酸の代わりに、20種類のヒドロキシ酸(20種類のアミノ酸のアミノ基をヒドロキシ基に変えたもの)を加えてあげれば、ポリエステルタンパク質を合成することは理論的には可能なのです。しかし、現実はそう甘くはありませんでした。まず、アミノ酸をリボゾームに運ぶために運び屋がいるのですが、そいつが普通にはヒドロキシ酸を運んでくれないのです。ですから、とりあえず細胞内で合成することはあきらめ、細胞外に取り出したリボゾームに、ヒドロキシ酸を運べるように特別に作った運び屋を加えて合成するという方法で始めました。それでも、その他いくつかの問題があり、つい最近まで、このポリエステルタンパク質をうまく、大量に作ることは、非常に難しかったのです。

 

しかし、最近大きな進歩が2つありました。ひとつは、非常に効率の良い細胞外タンパク質合成システムと、ヒドロキシ酸とその運び屋を結びつける新技術の開発により、20種類のアミノ酸のうち、7種類に対応するヒドロキシ酸を、最高12個つないだポリエステルタンパク質を合成することに成功しました(Chemistry & Biology 14, 1315–1322, December 2007)。これは、東京大学先端科学技術研究センターの菅裕明教授のグループによってなされました。もうひとつは、これまで細胞外でしか合成できなかったポリエステルタンパク質を、細胞内で合成できるようになる第一歩に成功したというものです(Angew.Chem. 47, 722–725; 2008)。こちらでは、ヒドロキシ酸のバリエーションとしては遠く及ばず、20種類のアミノ酸のひとつであるチロシンのアミノ基をヒドロキシ基に変えた一種類だけを、通常のタンパク質の数箇所に導入しただけの、アミノ酸とヒドロキシ酸の混成タンパク質でした。しかし、細胞内で合成できるようになったことの意義は大きく、この細胞(大腸菌)の生産するミオグロビンというタンパク質は、すべてこの混成タンパク質なのです。ここから、ヒドロキシ酸の割合を、その種類、混在率ともに上げていくことには、まだまだ技術的困難が予想されますが、また一歩現実がSFの世界に近づいたと言えるでしょう。

 

ここでのヒドロキシ酸をアミノ酸の代替物と考えると、ポリエステルタンパク質は、通常のポリペプチドタンパク質の代替物となります。これを、生命の遺伝情報を司るDNAにまで拡張すると、DNAの代替物というのも考えられます。実際、DNA中の4種類のヌクレオチドをつなぐホスホジエステル結合のリン酸基部の酸素原子を、硫黄原子で置換したホスホロチオエート型オリゴヌクレオチドというものが存在します。このように、生命の身体を構成する部品をすべてその代替物で置き換え、しかもそれらの代替部品が、オリジナルの部品と同様に機能したとすると、最初に述べたSF小説のヒューマノイドのような人工生命体ができるという訳です。きっとこのような人工生命体を一から作るのは、非常に困難なことなのでしょうが、面白いのは、この広い宇宙には、もしかしたら、このような生命体が自然に進化して生きているような星があるかもしれませんね。

 

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